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ダウン [日記]

さすがにくたびれてダウンしました。

日曜日の2時に横浜の新港ピアに、建築系ラジオのメンバーが集まって、横浜トリエンナーレに平行して行われる『新・港村』の関係者大集会というのに、出席しました。
それが夕方4時まで。

4時からは、BankARTの池田修さんと建築系ラジオの打ち合わせ。
その後、建築系ラジオの内部会議になって、なんと夜の10まで。

その後、自動車でアトリエに戻ってから、京都に向けて走り出しました。
ところが、二宮で降り口を間違えて、夜の箱根越えという山道を走る事になりました。この間運転をしているのは彦坂尚嘉で、箱根の上り坂は想像以上に厳しくて、ローギアでもなかなか進まない場所がありました。ようやく下りになると、今度は濃霧。これも、ものすごい霧で、谷底に転落しない様に、これも彦坂尚嘉が運転しました。

ようやく沼津に着いて東名高速道路に入って、運転を代わってもらいました。

結局京都に着いたのは朝の6時半で、くたびれ果てて、それまでの疲労とあいまって昨日、本日と寝込んでしまいました。
そろそろ、このハードスケジュールも終えないとまずいですね。移動していると脳味噌が蒸発して来て、気分は新しくなって来ているのですが、しかし肉体の限界というものもあるので、見切り時に来ている様に思います。

福島県の仮設住宅 [日記]

五十嵐太郎さんが、福島県の仮設住宅を木造のログハウスの設計に関わっていて、そこに作る集会施設の木造建築に絵を描かないかという提案を、彦坂尚嘉にしてくださいました。

差出人: igarashitaro

件名: 仮設構築物の壁画

日時: 2011610 7:58:03:JST

宛先: hiko


彦坂尚嘉様


いま南相馬市で、
仮設住宅地につくる集会施設の基本設計を
うちの研究室でやっています。

下記のコンセプト文のように、
仮設の暮らしを終えても、
記憶が残るような塔状の構築物を提案しているのですが、
一種の壁画があったらよいのでは、
と考えています。

下記の構築物は木造です。

ウッドペインティング的になるかどうか
わかりませんが、
彦坂さん、
ご興味があるでしょうか。

完成は8月のスケジュールです。

五十嵐太郎



場所は福島県の南相馬市です。ですので、五十嵐さんは、次のようにも心配してくださっています。


彦坂尚嘉様

ご存知のように、
今回の敷地となる
南相馬市は東京よりも原発に近いので、
もしそのことを気にされていて、
制作を躊躇されるのであれば、
早めにいってください。

こちらも次善の策をたてることができます。

原発から離れろ、
という主張は理解していますので、
やらないというのも、筋が通っていると思います。

ただ、
ひっぱって結局やらないことになると、
こちらも次善の策がたてられないまま、
たんに壁画のない建築に終わってしまうので、
なるべく
そうした事態は避けたいと考えています。

五十嵐

 私のメールの返事が、1日遅れたので、心配をかけたのですが、東京ー京都を往復するのにエネルギーをとられて、メールを見るのが遅れたのです。確かに地理的には南相馬市は、福島原発のすぐ隣で、放射線量も東京よりは多い所ですが、私自身は、この企画に魅力を感じて参加させていただく事にしました。数値で言うと,東京で0.15マイクロシーベルト/時出に対して,南相馬市は、だいたい3倍から4倍の放射線量があります。
 人はいろいろと誤解するでしょうが、東京電力の失策による原発事故からの疎開の行動と、仕事や使命感をもって原発事故近くの建設に参加する事は、別の事です。事故に対して退避する時は退避し、参加する時には参加する。多くの人は、こうした冷静な判断と早い退避を理解できないのです。そもそも多くの人は、素早く理解し、速く移動する事ができないものなのです。それは生物学的な保守性に縛られています。



次にご紹介するのは、その最初の企画書です。内容的には動いてきているようですので、最終案ではありませんが、五十嵐太郎さんの「記憶に残る仮設住宅」という最初の設定は、すぐれたもので、胸を打つものがあります。

●仮設建築プロジェクト メモ              五十嵐太郎 2011.6.07

 

ほとんど水平に展開する、南相馬市の仮設住宅地。

まわりも農家と新興住宅地が続き、平坦な風景が広がっている。

そこには垂直の要素が欲しい。

 

きっと、それはいつか仮設住宅地を離れて暮らすようになったときでも、

記憶のなかに残る心象風景となるだろう。

おそらく、それはログハウスのエリアのためだけの存在ではなく、

隣のブロックの仮設住宅地からも見えるはずだ。

もしかすると、川の向こうの均質な仮設住宅地からも

角度によって異なるかたちに見えるかもしれない。

 

ここだけの仮設構築物ではない。

 

 

仮設構築物には、

持ち運びができるベンチが建築的に組み込まれている。

 

居住者はそのベンチを外し、好きな場所で使うことができる。

仮設住宅地のあいだのストリートや川沿いで、

語らいの場が生まれる。

隣の仮設住宅地にもっていってもよい。

 

仮設構築物がそこの場所だけで機能するのではなく、

ほかの場所にも介入できる装置として、

家具と一体化した建築になる。

 


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2回の国立国際美術館行き [日記]

2日続けて大阪まで自動車で行って、昨日は「風穴」展を見ました。

建築系美術ラジオの収録には、企画者の学芸員:橋本梓さんと、たまたま会場で出会ったアーティストの眞島竜男にも参加していただいて、おもしろい座談会になりました。

本日は、再度大阪に行って、プレイの「現代美術の流れ」という作品を見ました。
それと富井玲子さんが来日なさっていて、このプレイの淀川でのパフォーマンスを一緒に見て、自動車で京田辺に来てもらって、建築系美術ラジオの収録につきあってもらいました。

名古屋行きと引っ越し [日記]

中川晋介さんが、東京を引き払って、京都に来るというので、京都で、やや大型の車をレンタカー屋で5日借りて、東京まで走ることになった。

昨日午前11時に出発したのだが、途中で名古屋のヤマザキマザック美術館で開かれているロココ展を見ようと、名古屋に向かった。ヤマザキマザック美術館の学芸員の坂上しのぶさんの展覧会なので久しぶりに会いたかったのです。ところが、下道で行けると思ったのが間違いで、思ったよりも時間がかかるので、途中から高速道路にはいったら、ここも長い距離の工事が2つあって、ものすごい時間がかかって、6時を過ぎてしまった。京都から名古屋まで7時間かかったことになる。当然美術館は見られなくて、坂上さんとは喫茶店で会ってお話をした。楽しい時間でした。

その後高速で横浜まで行って、さらに藤沢に着いたのは明け方の4時。
良い歳をしてやる事ではない。

今日は今日で、忙しいスケジュールです。
明日は立教大学。
あさっては中川さんの引っ越しの手伝いです。

ニホントカゲを飼う(訂正1) [日記]

京田辺の学生マンションにアトリエをかまえて、制作をしているのですが、廊下でニホントカゲを見つけて、捕まえて、飼い始めました。(ヤモリ、イモリ、良く分からなかったのですが、糸崎公朗さんのご教示で、ニホントカゲだそうです。

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エサは、生きている虫しか食べないので、生きている餌を、業者から買っています。つまりニホントカゲを飼うために、その餌を3種類も飼って、餌にも餌をやらなければならない事になりました。

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上の写真は、ニホントカゲの「フーちゃん」が、みごとコオロギを捕まえて、頭を噛み砕いたところです。

往復 [日記]

5月5日(木)に京都を軽自動車で出て、渋滞の中走って、
アトリエに着いたのは、夜中の2時30分。

途中の渋滞のひどさと、中川晋介さんの吉祥寺の家に寄った事もあって、
遅くなったのです。

そして6日(金)朝7時に起きて、立教大学へ。
3コマの授業をして、
さらにラカンの読書会。

翌日は、中川晋介さん、栃原比比奈さんの3人で、アトリエの
片付け。

アトリエのコンピューターの具合が悪くて、
ネットを見られなくて、メールチェックもできず、失礼致しました。

今は、中川晋介さんの吉祥寺のアパートに来て、
ブログの更新をして遅くなったしだいです。

もう寝ないと、また軽自動車で京都にたちます。
途中で名古屋で、美術展を見るつもりです。

3人で運転しているので、思ったよりは楽です。

とは言っても、毎週軽自動車で動くわけではありません。
新幹線を使うつもりです。

こういう往復はバカなことだとは思いますが、
時間を切ることが出来て、それは新鮮です。
情報化社会における意識というのは、
ないと近代のような流れる一本の筋のような意識では無いと思うのです。

軽自動車で東京から京都を走る(改稿2加筆5改題3) [日記]

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昨日2011年4月24日、藤沢から東名道路を、中川晋介さん栃原比比奈さんと一緒に軽自動車の三菱ekワゴンで走って、今朝の3時に京都に着きました。

土日は1000円であるという割引料金で走ろうとして日曜日の決行になったのです。この1000円制度も廃止されるようなので、どちらにしろ深夜割引でETCで走るしかありません。自動車で走るというのは、移動の自由を体感できて好きです。

移動料金の節約化という事もありますが、中川晋介さんと栃原比比奈さんのデスクトップのウインドウズ、そしてプリンターを運ぶ必要があったのです。

藤沢のアトリエを出るまでにまず時間がかかりました。荷物を自動車に積む作業がかなり手間をくって、積めないキャンバス類は宅急便で2つ送りました。

人間が生活するというのは想像以上に道具が必要で、そのことはコンピューターだけでなくて、こまごまとした家財道具も必要で、小さな軽自動車に電子レンジからヤカンまで積んだからです。ヤカンが無くて鍋でお湯を沸かしてコーヒーを入れるというのも、不都合だからです。「なんでもかまわない」というのが基本ですが、しかしヤカンはあった方が良いのです(笑)。

2カ所で住むといううことは、手間も費用もかかるので、愚かと言えば愚かです。が、精神的には進展もあることなのです。映像作家の大木裕之さんも四国の高松と東京の武蔵小金井の2カ所で住んでおられますが、そういう事も、精神の自由の問題なのです。一つの土地に縛り付けられて生きる事は、人間の本来性ではないのです。人間の自然性は、文明以前の自然採取段階では、移動し続けていて定着して生きてはいなかったのです。

2カ所に住むようになると、その一つが道具に対する認識の変化です。2カ所に道具を揃える事は、反省を強いられる事です。

道具を選び、使いこなすということが、人間の精神を作ります。そのことが決して容易くないのです。すでにコンピューターはMacを中心に3台手で運んでいたのですが、さらにウインドウズのデスクトップを2台動かす必要があったのです。メインは中川晋介さんの稼ぎの仕事のためですが、もう一つは私が3Dの簡単なアニメーションを作りたかったからです。3Dアニメーションのソフトはウインドウズなのです。ファイナルカットプロという編集ソフトは昨年買っているのですが、それを使いこなすことと、さらに今年はビデオカメラの購入もします。立教大学院で動画を教えることもあるのですが、私自身は映画少年で、多摩美術大学の映画研究会出身で、一時期は映画評論家もしていたのです。私にとっては絵画と映画は深く結び着いているのです。KB6400というアーティストグループは、田嶋奈保子さんも含めて、実は動画/写真/絵画を総合した芸術運動体を目指しているのです。鵜飼悠さんも面白い人で、私の評価は高くて、京都への疎開を薦めています(笑)。

藤沢から、中川晋介さんの住む吉祥寺まで行くこと自体が1時間30分くらいかかります。そこを午後の3時に出て、京田辺市に着いたのは明け方の3時でした。12時間かかった移動という事になります。

3人で交代して走るから楽だろうと思われるでしょうが、中川晋介さんは免許がありながらペーパードライバーでした。栃原比比奈さんもほとんど運転しない人で、高速運転の経験が無い人です。この二人に運転させる所から始めなければならないという道中でした。命がけですね(笑)。しかし二人は運転はできて、思ったよりもうまく行きました。私は楽だったし、何よりも楽しかったです。

この東名ドライブのためにETC装置を購入。ここでも道具の必要性があって、さらに壊れていた自動車のステレオ装置を買い替えました。長時間の運転に音楽は必需品です。それに若い二人に良い音楽を聴かせるのは重要なことです。今回聞いたた音楽はスティーブ・ライヒの『ディファレント・トレインズ』でした。中川晋介さんが興味を持って聞いてくれて、私の好きなライヒの音楽を高速で走る自動車の中川晋介で3人で聞いていくという経験は、私には至福の時でありました。私はミニマルアート・ショックから出発したアーティストなので、ミニマリズムの内側からミニマリズムを乗り越えようとして来ました。その時に、ライヒという音楽家は、ミニマリズムから出発して、これを乗り越える道程を歩んだ非常に重要な人だったのです。

東京から京都に行くというのは、東海道でつながっているので、簡単に行くと思うでしょうが、実は道が錯綜しているのです。

東名で走って、豊田JCTで新名神に入いる。さらに伊勢湾岸自動車道に入ります。

そして四日市JCTで、東名阪自動車道に入って、亀山JCTで新名神高速道にはいります。

さらに草津JCTで名神高速道路に入って、瀬田東JCTで京滋バイパスに入ってという恐ろしい複雑な道筋になります。

これを間違えた。

桑名で降りざるを得なくなって、高速道路代を節約するために普通道を走ったのですが、これもまた複雑でした。

カーナビを着けていないので、iPhonと地図で道を確認しながら夜中の下道を、高速道路並に飛ばして走り続けたのです。

新幹線、深夜バス、自動車での走行と、3つを比較すると、東京ー京都間は、もちろん新幹線が楽です。

そして深夜バスと自動車では、退屈さが違います。

3人で自動車を走らせて、ライヒを聞いて話をしているのは楽しい。

しかし、否応も無い距離の大きさと、経費の重圧があって、こういう移動生活を何故にしなければならないのか?ということは自問自答されなければなりません。

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12時間かけてのドライブの大変さもあって、一つの区切りになる体験になりました。この原稿も改稿や加筆を繰り返すことになりましたが、認識は大きく展開したと言えます。

このことは、別の記事として『芸術的アナキズム』を書きたいと思いますが、ポスト3.11の状況への吹っ切りができたという思いがあります。


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